1.身近な自然の観察
(3)季節と生物
(601)光の春をてくてく散歩
「モンタ博士! 今日はまだ2月だというのに、北風もなくておだやかで、明るい日差しで、てくてく自然散歩には最高の日ですね。」
「そのとおりだね。とっても気持ちいいね。こういう日のことを『光の春』というんだよ。」
「『光の春か』⋯⋯。いい言葉ですね。それでは、みんなでいろいろと発見しましょう。あっ! あそこに黄色い花がたくさんさいていますね。」
「フクジュソウですね。まばゆいばかりの黄金色ね。感動ですね。」
フクジュソウ
「そうだね。大地に静かにひそんでいた春の息吹、春のささやき、春の喜びが花びらの一枚一枚から伝わってくる感じだね。」
「春の息吹、春のささやき、春の喜び⋯⋯。これまた、とてもいい言葉ですね。」
「よく見てごらん。茎につく葉っぱはまだ小さいようだけど、光をいっぱいすいこんでいるようだよ。何だかとっても暖かそうだね。」
「フクジュソウって、太陽の光を全部ひとりじめしているみたいですね。」
「どうしたの? 今日のオー君は、言葉にとてもこだわっていますね。」
「言葉についてよく考えることは大切なことだよ。言葉は心の表れだからね。あっ! そうだ。言葉と言えば、俳句なんかも参考にするといいよ。」
「俳句ですか。5・7・5のあれですね。ちょっと苦手かな。」
「そんなことないよ。自分で見たものや感じたことを自由に言葉として並べればいいんだよ。あまり気ばらずに、楽しんで作ればいいんだよ。」
「フクジュソウについて、モンタ博士が好きな俳句が何かあるのですか。」
「そうだね。『ふくじゅそう 日をいっぱいに 含みたる』なんていいね。高浜年尾(高浜虚子の息子)の作品だよ。」
「へえー、なるほど。そのまま無理せずに作ればいいんですね。あっ! あそこに小さなお花があるよ。」
「小さな星のような白い花は、ハコベですね。」
ハコベ
「ハコベって、しゃがんでみないと、そのかわいい花のようすとかは、なかなか分かりませんね。」
「小さな道ばたの花に、しっかりと気づき、ゆっくりとしゃがんで、よく観察することは、とてもすばらしいことだと思うし、大切なことだね。あっ! 思い出した。ハコベの有名な和歌があったね。」
「何という和歌ですか。」
「そうだね。『我が顔を雨後の地面に近づけて ほしいままにはこべを愛す』だったと思うよ。道ばたの草花に愛着を持ち続けた歌人の、木下利玄の作だね。」
「木下利玄さんというのですか。初めて聞くお名前です。もう少し勉強します。あっ! あそこにオオイヌノフグリが<>君、見に行こう。」
オオイヌノフグリ
「うわあー。いいな、いいな。ぼくはオオイヌノフグリが大好きなんだ。晴れた日には、コバルトブルーの瑠璃色の花を一生懸命にさかせてくれるね。何だか胸を張ってさいている感じだよね。」
「私も大好き。空色の花で、キャッツ・アイ、つまりネコの目とも言うんでしょ。」
「それから、くもりや雨の日には花を開かないんだよね。モンタ博士の『てくてく自然散歩』を読んで勉強したもんね。それから、うつむきかげんの姿もまたいいもんだね。夕方になると風に飛ばされたりもするんだ。そのはかなさも何とも言えず、いいですね。花の命は短いけど、そこに意味があるんだよね。小さな花でもよく見ると、味わい深くていいものですね。」
「ずいぶんと語りますね。今日のオー君は、すごいですね。」
「あっ! 思い出した。『いぬふぐり 星のまたたく 如くなり』という歌も、モンタ博士に教えてもらったな。」
「すごいね。よく思い出したね。これは高浜虚子という人の作品だよ。そうだ。これからもみんなで、あちこちてくてくして、よく見て、あれこれと自分の思ったことや感じたことを5・7・5にまとめてみようよ。」
「はい! 分かりました。⋯⋯と言いたいけど、ちょっとぼくにはハードルが高い感じだな。まあ、いいや、よく見るためにてくてくしよっと。」
「そうね。そんなにあわてることもないよね。」
「そうだよね。てくてくしようね、花ちゃん。よく見るんだよね。よく見る、よく見る。あっ! あのかきねの下に何かあるぞ。行ってみよう。あっ! ぺんぺん草だ。たしか正式な名前は、ナズナだったよな。」
「ぎょ! 今、オー君、何と言った。」
「よく見ると、ナズナの花がさいているんだ。かきねにね。⋯⋯だよ。それがどうかした。」
「ナズナの花は小さくて目立たないちっぽけな花だけど、かきねの日だまりにさいている姿を詠んだ歌があるんだ。だれだと思う。
俳聖(すぐれた俳句を作る人)として世界的にも有名な『松尾芭蕉』が同じようすを詠んでいるんだよ。
『よく見れば 薺花咲く 垣根かな』
つい見のがしてしまいそうな、小さなナズナの生命力に感動して詠んだ俳句なんだよ。日々の生活の中で、ちょっとしたことに感動する、喜ぶ、それが大切なことなんだね。オー君は、すばらしい。さすがだ。感心した。」
「まあ、そんなにほめないでよ。⋯⋯でも、ぼくって、本当は天才なのかな。」
ナズナの独り言
私が「春の七草」の一つなのは、皆さんもよくご存知でしょ。でも、その中で最も早く花をつけるのは、私なんです。本格的に咲くのは3~5月なんですが、オー君が言っていたように暖かな日だまりの垣根の所では、2月の初めでも花を咲かせているんです。でも、花と言ってもとても小さいので、あまり目立ちません。花の色は白く4弁です。昔はアブラナ科とは言わずに、この仲間はジュウジバナ(十字花)科と呼ばれていたんですよ。私の名前なのですが、かの有名な日本の植物学の父と言われる牧野富太郎博士によると、愛する菜の意味ではないかとことですが、植物語源で著名な深津正氏によると、朝鮮語に起因しているのではないかとのことなんです。他にも諸説があるようですよ。
なお、ぺんぺん草という名はかなり全国的なようで、実の形が三味線のバチに似ているからだそうです。学名のCapsella bursa-pastorisは、小さな箱+羊飼いの財布という意味もあるようで、東西によりかなりその見方は違うように感じます。それから、「屋根にぺんぺん草が生える」と言いますが、これは、没落した家などの屋根に生えるということなんですが、私は、屋根の上などには生えません。冤罪というもので、とても不名誉に思っています。また、茎についている実を、柄ごと少し引っ張り下向きにぶらぶら下げ、耳元で回してその音を楽しむとか言いますけどね、あまり音はしなくて、かすかな音なんです。でも、まあ、私に気付いて手に取って眺めてくれるということは、ちょっぴりですが、うれしいですよ。